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「なりきりネタなんでもあり板」で日々プレイされている「TRPGスレ」のレビューブログです。 TRPGスレについてはhttp://www43.atwiki.jp/narikiriitatrpg/pages/56.html参照

2024年10月15日 (Tue)
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2012年09月10日 (Mon)
こんばんわ。突然ですが私は糞漫画が好きです。
特に週刊少年ジャンプで日夜粗製濫造されている、どうしようもなくしょうもない漫画が大好きです。
大抵の場合連載開始第一話から強烈な爆死臭がただよい、十週から二十週で打ち切られる糞漫画達ですが、
時折荒削りでも光るものがあったり、真っ当な評価は一切されないけど超展開や迷言などでネタな人気を獲得するものがあります。
『タカヤ』や『斬』や『ライトウィング』など、漫画読みなら一度は耳にする伝説に残るクソ漫画達です。
そんな糞漫画愛好家の私が今推しているのは、週刊少年ジャンプ連載『タカマガハラ』。
現在連載八回目にして既に巻末に追いやられている、期待のスーパールーキーです。
異能バトルものなのに主人公の能力が未だに明らかになっていなかったり、一切意味のない設定を出してそのまま忘れ去ったり、
作者よりもアシスタントの描くキャラの方が上手かったり、ヒロインが少年にしか見えなかったり、無意味な劇画調を多用したり、
実に素晴らしい糞漫画っぷりを発揮してくれているタカマガハラ。
人類ならば誰でも持っているけれど目覚めた者は少ない『神業』という能力に目覚めた主人公が、
神業使い達の戦いに巻き込まれるという極めてスタンダードな内容で、主人公も標準タイプの非常にうっすいキャラですが、
その主人公と敵対する敵キャラ達が実に個性豊かで、作者が薬でもキメながら描いてんじゃないかと疑いたくなります。
ストーリーは特筆するようなものではないですが、悪役を魅力的に描き上げる方法を作者は知っているのでしょう。
早くもトンデモ人間見本市みたいな内容になってきていますが、これからの展開に期待大です。
 
というわけで、薬でもキメながら書いてんじゃねえかっていう敵キャラつながりで、
今回はジェンスレのラスボス、糞漏らし野郎ことロスチャイルド先生について語ろうと思います。
以下、重大なネタバレを含むのでジェンスレ未読の方は読み飛ばし推奨。
 
前回ザ・ファンタジアについて語りましたが、肥溜めではファンタジアに並ぶ魅力的なボスキャラとして、
他にもラム・ダオとロスチャイルドがしばしば挙げられています。
三キャラはそのベクトルこそ違えど、何度も肥溜めを賑わせた名悪役達です。
中でもとりわけロスチャイルドは、その言動のあまりのインパクトで未だ語り継がれる伝説の存在になっています。
 
まずラスボスとして立ちはだかる動機からして普通じゃない。
ロスチャイルドは、平和を砕かんとするユグドラシル解放戦線(主人公サイド)から世界を守るために立ち上がります。
もちろん解放戦線側からしてみれば、間違った世界をもとに戻すために戦っているわけですから、
ロスチャイルドの存在はただ強大な障害でしかない。
 
しかし、その世界に生きるほとんどの人間にとっては、極悪非道なテロ組織に立ち向かう、
最強の指導者にして人類最後の迎撃手、それがロスチャイルドであるわけです。
民衆の絶対的な支持は、彼が善政をしたからではなくその圧倒的な煽動手腕によるものですが、
主人公側との対立でここまで全世界を味方につけたまま戦い抜いたラスボスというのは珍しいと思います。
ジェンタイル達は、勝っても負けても平和に弓引く異端者にして悪役であることを強いられ続けたのです。
 
ロスチャイルドの強さ、そして敵としての恐ろしさは徹底した『正論しか言わないこと』にあります。
先生はいつも正しい。実情はどうあれ、ロスチャイルドの主張には穴がなく、彼の正しさを完璧なものにしています。
さあラストバトルだと勇んで乗り込んできた解放戦線を相手に、「先生には攻撃される理由がない」と臆面もなく、
しかもきちんとした根拠も添えて言ってのける。
これはどんな鉄壁の城塞よりも、ある意味では効果的です。
最終的には、ジェンタイル達も「ローゼンのかたき」という感情論に切り替えて戦いの正当性を主張せざるを得ませんでした。
(もっとも、ローゼンを殺したのはモンスター娘たちですので、この敵討ちも不当なものではあるのですが)
 
ロスチャイルド戦では、ジェンスレそのものの集大成として「戦う理由」を問われています。
「何故、ロスチャイルドを倒すのか」「戦う以外の解決方法はないのか」「そもそも本当に悪いのは誰なのか」・・・
これがドラクエのようにオールドメイドなファンタジーものだったら話は簡単です。
「倒すのは魔王が民を苦しめるから」だし、「敵が襲い掛かってくるから戦う必要がある」し、
そもそも魔王という存在そのものが『悪いもの』として用意されているのですから。
 
ジェンスレはこういったファンタジーにありがちなお約束や定番設定に対して、尽く問いをぶつけます。
『とくに悪事をしたわけでもない』という最強の理論武装を持つロスチャイルドを、如何に敵とみなし攻撃するか。
結局のところ、解放戦線を突き動かしているのは持たざるものの僻みです。
今の世界はそれはそれでそこそこうまく回っているのに、自分たちのためだけに世界を元に戻そうとしている。
彼らが平和に暮らせた世界を取り戻せば、今の世界で平和に暮らしている者達の生活が失われるとわかっていても。
だからこそ、解放戦線にとってロスチャイルドの正論は耳に痛いし、まともな反論をできなくなるのです。
 
ファンタジーであるジェンスレの世界には、神や魔法はあるけれど、唯一つご都合主義だけが存在しません。
みんなが幸せになれるような結末は用意されていないし、自分たちの幸せを求めれば誰かの不幸に辿り着く。
こいつを倒せば全て解決なんていう便利な悪役なんていないし、やることなすこと全て正しい勇者様もまた、いない。
そんな世界で、ロスチャイルドというラスボスの存在は、別の選択肢を辿ったジェンタイル達の未来の姿ではないでしょうか。
同族嫌悪ではありませんが、同じ理想を追い求めた先にあるものがロスチャイルドだから、解放戦線は苦戦する。
ロスチャイルドを倒すということは、自分たちの在り方を否定することになりかねないから。
 
ウンコ漏らしやホモセックスなどのエキセントリックな言動を取り沙汰されがちなロスチャイルドですが、
単純に敵キャラとして見た場合に考えさせられることの大きさもまた魅力であると思います。
ご清聴ありがとうございました。
 

拍手[2回]

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2012年08月30日 (Thu)
こんばんわ。あまりの多忙ぶりにここしばらくの無更新をお許しください。
最近はスキマ時間を有効活用しようと、電車の中でライトノベルを読んでいます。
今読んでいるのはスニーカー文庫・六塚光著『タマラセ』。
魂を肉体から分離して武器を創りだす異能者の戦いと、それにまつわる陰謀に立ち向かう少年少女の物語です。
ジャンルとしてはいわゆる異能バトルなのですが、非常に独特な設定をしています。
まず異能者(作中では魂裸醒、タマラセと呼ばれています)になるのが超簡単。
タマラセ覚醒者の血を体内に入れるだけ。
これはたったの一滴飲むだけでも有効で、つまりタマラセは血液感染するのです。
この容易に伝染してしまう超常能力というのが作品のキモで、
とある地方の村で密かに受け継がれてきたタマラセ能力が何者かによって広く流出してしまう所から物語は始まります。
一体この街に何人の能力者が生まれてしまったのか?流出経路は?流出させた者の目的は?
そこに、目覚めた力の扱いに困る者や、便利で強力な異能を手放したくない者などの思惑が重なり、
物語は謎解きと血生臭い殺し合いの渦中に沈んでいきます。
ほのぼのインモラルといいますか、牧歌的でありながらエグいところはとことんエグい、不安定な面白さを感じました。
あと、ヒロインが可愛い。
 
 
というわけで、ジョジョスレを二期まで読破したのでレビューをしたいと思います。
一期はお二方がレビューされていますし、今回は趣向を変えて二期ラストバトル。
今なお大変高い評価を受けているファンタジア戦について感想を書こうと思います。
 
異能者達の奇妙な冒険。
原作をジョジョの奇妙な冒険に基づく、いわゆる版権スレです。
とはいえ原作と共通する部分はスタンド能力の設定だけで、キャラもシナリオもオリジナル。
アンソロジーみたいなものかと思われます。
 
一期では、戦時中から国家を守護してきた最強のスタンド使いによる『ゲーム』に巻き込まれた異能者たちが、
生き残りをかけて、また理不尽に囚われた胴元を倒さんと手を組み立ち向かうお話でした。
二期のシナリオも限定空間内で定められたルールに従って敵と戦うという点では『ゲーム』に似ています。
鬼ごっこがモチーフですし、規模も都市全域だった一期に比べ市民会館内とかなり限定されてはいますが。
狭い領域であるがゆえに、鬼ごっこの戦略性もかなりテクニカルさを増していると思いました。
 
さて、魅力的なラスボスは?と肥溜めに問えばほぼ十中八九このジョジョスレ二期のボスの名前が出てきます。
ザ・ファンタジア。
スタンド使いエイドリアン・リムが生み出した『創作幻想』、ディズニーマウスのような姿をしたスタンドです。
その特質は身体を素粒子レベルに分解し、再構成することでダメージの修復を可能とし、物体を透過してどこにでも現れること。
ダメージフィードバックのない遠隔自律型のスタンドなので、本体が隠れていれば理論上絶対に負けない無敵のスタンドでした。
そう、鬼ごっこ編と銘打たれたこの戦いは、実のところエイドリアンを探す隠れんぼだったのです。
ここのミスリードがまず上手いなと感じました。
 
ザ・ファンタジアはその神出鬼没さで幾度となく異能者達の前に現れ、『鬼ごっこ』のルールで翻弄します。
ファンタジアに三秒以上触れられると鬼として心を奪われ敵に回ってしまうという恐ろしい能力のせいで、
平時は実に頼りになった仲間たち相手に苦戦を強いられることになる。
限定的に仲間と戦ったり、悪役として動いたりできるのは、参加者としてかなり楽しいんじゃないかと思います。
普段できないようなことをやりまくれるわけですから。
鬼になった仲間を迎え撃つ側も、普通に敵とたたかうのとは一味違うバトルを楽しめるのではないでしょうか。
 
また、エイドリアンの居場所を突き止めた一行は本体を直接攻撃してファンタジアを倒すことができるはずなのに、
あくまでファンタジアそのものを攻略することに拘った点も私的にはグッドです。
手も足も出ない強能力を相手に、脆弱な能力者の方を攻撃するというのはある意味ではセオリーです。
しかし、素粒子化という無敵能力の弱点を見抜き、機転と連携でそれを攻略するというのもかなり燃えます。
 
倒された時の独白がまた泣かせるファンタジアですが、
何よりもこの『攻略する楽しみ』というのに特化したボスというのをもっと評価されて欲しいと思います。
読んでいて自分ならこう戦う、こうやれば倒せるんじゃないか、とか色々妄想できてわくわくしました。
 
そして、文句なしの知略戦の末に打ち負かされたザ・ファンタジアは、味方側異能者の一人・御前等に心情を吐露します。
創作幻想、しょせん創りものの、それも既存のキャラクターの皮を被らなきゃ自分を表現することができなかったファンタジア。
それを受けるは、奇抜な行動にばかり走って周りを混乱させることに命をかけるかまってちゃんである御前等。
初めて垣間見えたファンタジアの気持ちに、また御前等もふざけるのをやめて真摯に答える。
二人のラストの掛け合いこそが、ファンタジア戦という一つの狂騒劇の主題になっている。
序盤の御前等の行動にさんざん混乱させられた読み手の私としては、非常に腑にストンと落ちる締め方でした。
 
「最後の自己表現を、俺達は正しく間違えたんだ」
 
という台詞が、異能者達とファンタジアの関係を端的に表しています。
 
正義は必ず勝つ、という言葉があります。
そして大抵の創作物では、正しい者と間違った者が激突し、正しい者が勝利します。
あるいはどちらも視点によっては正しい主張をする者同士の戦いで、勝者が正義になることもあるでしょう。
 
では、はじめから間違ってるとわかっている者同士が戦えばどうなる?
その答えが、ジョジョスレ二期、ザ・ファンタジアと異能者達の戦いだったんだと思います。
 
ご清聴ありがとうございました。

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2012年08月19日 (Sun)
こんばんわ。
最近とみに忙しく、このままではサブカルチャーから疎遠になってしまうと感じ、
日常に30分だけフリーな時間をつくってアニメを見るようにしています。
今見ているのは「この中に一人、妹がいる!」という今期アニメ。
主人公に迫る五人の結婚候補の中に、一人妹が紛れ込んでいるという推理モノの皮をかぶったラブコメです。
女の子たちはみな主人公に好意的かつ女の子同士の仲も良く、主人公もまんざらではない感じで丸く収まりそうなのですが、
五人のうち誰かは血の繋がった妹だとしたら、おいそれと手を出すことができなくなってしまう。
しかも妹側は自分が妹であることを自覚しているので、時折愉快犯的に正体を隠して主人公を翻弄する。
ほどよい緊迫感と生殺し感、そして女の子の可愛さをお楽しみ頂ける、愉快な実況向けアニメです。
忙殺されがちな日常の疲れを爆笑で癒してくれる、オススメの一作です。
 
というわけで、今回はまさに『日常』を題材とした学園ものスレのレビューをします。
完結したのはつい最近。まだdat落ちもしていないのでスキマ時間に携帯でログを追うのは造作も無いことでした。
 
学園もの。
広大な敷地と膨大な生徒数を誇る超巨大学園で、大小様々な依頼を受ける「N2DM部(なんでも部)」の活躍を描いています。
まとめ役の部長を筆頭とした個性的なメンバーは、全員が一癖も二癖もある奴ら。
そして彼らを待ち受ける依頼もまた、一筋縄じゃいかないのっぴきならぬ事情ばかり。
ちょっとした小競り合いの仲裁からガチ犯罪の解決まで、幅広く立ち向かっていく厄介者たちの物語です。
 
スレ主たる部長も言及していましたが、初期のノリはまんまスケットダンスですね。
体育祭編のあたりから登場人物達の超人ぶりに磨きがかかって、めだかボックス化した感じです。
有能かつアクの強い連中が集まって問題に立ち向かうという点でレギオンみたいなノリも見受けました。
まあこれは、レギオン自体がいわゆる物語の典型的なフォーマットを踏襲しているせいでもあると思いますが。
 
さて、学園ものを語るにおいて外せないのは、やはり「キャラの濃さ」でしょう。
お二方のブログでも言及されていましたが、このスレはPCからNPCまでとにかくキャラが濃い。
N2DM部の面々を始め、女子剣道部、生徒会役員、風紀委員・・・
普通、NPCが濃くなる時はシナリオ内で重要なポジションに昇格するためなのですが、学園のNPCはチョイ役の域を出ません。
チョイ役なのに、濃い。
これはNPCの完全な共有化ができていたからだと思います。
誰か一人の専有キャラになるのではなく、皆が自由に個性を追加していけたからこそのこの濃さです。
 
そしてPC、プレイヤーキャラの濃さもまた群を抜いています。
学園ものスレは大正スレのようないわゆるクエスト制になっていて、都度飛び込んでくる依頼をその場のメンバーで解決するというもの。
そのためかどうかはわかりませんが、構成メンバーは結構ころころ変動します。
部長によって定められた定員五人の中で、欠充員を繰り返しているわけですが、こうなると一つ問題が出てきます。
新規に参入したメンバーは、当然ながら前のエピソードに参加していないので、仲間と過ごした思い出に格差が産まれます。
また新入メンバーということもあり、同僚もなるべく早くに新規の活躍機会を作ろうとするので、ますます扱いの差が大きくなる。
 
私はこれを、『レギュラーキャラのゲスト化現象』と呼んでいます。
既存のメンバーは、どうしても新規メンバーを接待する空気になってしまうので、お客様感が拭えなくなってしまうのですね。
商業作品で言うと、ワンピースのサイボーグと骨あたりが未だに一味に馴染めてない感じを思ってもらえると適当です。
 
しかし、学園ものにおいてはそのお客様感が一切漂っていないというのが私的に好印象でした。
新規に参入したばかりのメンバーが、さも昔からいたかのように違和感なく受け入れられる。
それでいて、活躍の機会も他メンバーに埋没していない。
『学園モノ』というタイトルまんまなジャンルの特徴として、古参も新参も同じ場所で生活していたという共通基盤もあるのですが、
やはり旧知の友人のように登場した途端からイジり倒せる参加者たちの引き出しの広さ故ではないでしょうか。
 
学園ものの最大の魅力は、このキャラいじりにあると私は思います。
ジェンスレの大先輩もそうでしたが、同僚によってイジられて印象深い良キャラになった例をいくつか見たことがあります。
そもそも「イジり」とは、よほど親しい友人でもない限り関係崩壊を恐れてなかなかできないものです。
逆に言えば、中の人同士できちんとコンセンサスさえとれていれば、同僚いじりはこの上ない親しさの描写になるわけです。
このスレでは、全ての参加者が暗黙の了解でイジりを受け入れ、相手を弄っていたのでしょう。
 
そして、本記事の表題にも書いた、登場人物全員「前作主人公」。
N2DM部メンバーは、部長も含め全員が、高等部という現在に対する『中等部時代』という過去を持っています。
中等部から高等部に上がるタイミングで何らかのターニングポイントがあって、最終的に部長の下に集った者達です。
この中等部時代というのが、また現在の姿からは想像もできないような壮絶な過去編を匂わせています。
福本伸行「天」における赤木しげるの存在のような、スピンオフで読みたくなるようなエピソード。
それを、N2DM部の全てのキャラが持っている。
全員が、学園ものという物語の前日譚で主人公をやっていてもおかしくない。
つまり、既に掘り下げの下地が完成した状態で参加しているわけで、なればこそ強烈な個性を漂わせているのだと思います。
 
さて、そんなN2DM部の面々ですが、冬の始めのある日、とある事件に遭遇します。
その事件は、N2DM部に甚大な衝撃を与え、ひいては学園全体を巻き込む戦いへと発展していきます。
彼らはそこで、『学生』という身分と『学園』という場所について、今一度考えさせられることになります。
最終章、学園ものというスレのテーマに関わるストーリーになっていきますが、その話はまたいずれ。
 
ご清聴ありがとうございました。
 

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2012年08月01日 (Wed)
職場の近くにロッテリアがあり、よく利用するのですが、最近「ふりふりつぶ氷」なる商品がセール中です。
見た目はミニストップのハロハロみたいな氷菓で、この時期には美味しく食べられそうなので、一度賞味してみました。
クラッシュアイスの上にシロップ・ソースと寒天を乗せた、ゴージャスなかき氷というイメージです。
 
・・・店員に手渡されたのは、ジュース用と思しき大粒の氷に、かき氷用シロップがかけてあるだけの代物でした。
かき氷は、氷が雪のように細かく削ってあるからこそ、シロップがよく染み口どけが良くて美味しいわけで。
製氷機からそのままINしましたと言わんばかりのただの氷は噛むたびに脳に衝撃が響くほどで、味もすぐになくなります。
完全に、ジュースの底に残った氷をボリボリ噛んでる気分でした。
ちょっとこれは、商品として雑すぎるだろって感じの出来。
削りもせず砕いただけの氷に甘い液体かけるだけで定価230円のデザートと言い張るロッテリアの企画部には頭が下がるばかりです。
疑いもせず言い張って、実際に商業ベースに乗せてしまえば嘘も真になるんだなあと教訓大きい一日でした。
 
というわけで、今回は言い張ったことが現実になる、超次元屁理屈バトルことジェンスレについて語ろうと思います。
前回は前半のシナリオについて語ったので、今回はジェンスレ最大の特徴である精霊魔法システムがテーマです。
 
ジェンスレでは、世界観の根幹に関わる設定として「精霊」という存在がいます。
実体のない精霊はふつう物質界(いわゆる現世)には干渉できず、魔法使いと呼ばれる人間と契約することで世界に影響を及ぼせます。
何らかの手段で受肉し契約者なしで物質界に干渉する精霊のことを悪魔と呼び、これがジェンスレでの主な敵勢力です。
なんだか灼眼のシャナみたいな設定ですが(本編でも言及していましたし)、バトルの内容は一切異なります。
 
ジェンスレのバトルはただの魔法バトルや異能バトルではありません。
きちんと筋の通った理屈を用意できれば、際限なく世界の法則を覆したりそれこそ神にだってなれる屁理屈至上主義のバトルなのです。
 
精霊にはそれぞれが司る属性があり、例えば火に関することを司る炎精霊や、同様の水精霊など精霊によって個性があり、
契約者はその精霊の属性に合わせてアクティブスキルである『精霊魔法』とパッシブスキルの『精霊加護』を宿します。
精霊加護は属性に関するステータスを上昇させるスキルで、炎精霊の契約者なら火器を使いこなせるようになったり、
光精霊の契約者は嘘を見破れたり、戦精霊の契約者はあらゆる戦闘行動によって傷を負わなくなったりします。
ゆえに魔法使い同士のバトルでは、この加護と攻撃魔法を組み合わせて戦うことが必須になります。
 
これだけでも十分テクニカルなバトルが期待できますが、精霊の本質はそれだけじゃありません。
精霊は個人だけでなく集団相手に契約を結ぶことができ、その場合は契約ではなく「信仰」という形をとります。
信仰を得た精霊は、いわゆる土着神的な「神格精霊」となり、通常の精霊とはケタ違いの力を持つようになります。
これらのルールを逆手に取ると、つまり多くの者に信仰されさえすればその精霊は神になることができる。
大衆の心を掴む技術があるなら、人為的に神を創りだすことだってできる。
そんな風に論理を展開して、ジェンスレのラスボスである男は実際に神となり、主人公達の前に立ちはだかりました。
 
面白いと思ったのは、ファンタジー世界のバトル設定でありながら、現実のあるあるネタを基礎にしていることです。
ネット界隈では、素晴らしいものに対する賞賛に『神』という言葉を使います。
神曲、神画質、神アニメ、神漫画、神ブラウザ……人によって生み出されたものでありながら、神の称号を得たものは数あります。
ジェンスレにおける神もそれと同じで、多くの人(信者)から支持されるものであるならば、実態が伴っていなくても神になれる。
違うのは、現実ではあくまで比喩表現としての、神のような素晴らしいものという意味ですが、ジェンスレではリアル神ということ。
そして、幻滅されれば神ではなくなるというその凋落も、現実に即したものでありました。
 
肥溜めを彷徨っていると、ジェンスレについての話題では必ずと言っていいほど『ロスチャイルド』というキャラの話を耳にします。
『(ネタバレ)ができなくて世界を滅ぼし』、『(ネタバレ)して神になり』、『(ネタバレ)を(ネタバレ)されて敗北した』。
これらの、ギャグにしてもあまりに笑えないエピソードの数々は、信じがたいことに真面目なラストバトルで起きたことでした。
私も肥溜めで噂になってから慌てて見に行った手合いですが、あまりの展開に言葉を失いました。
何故ならそれらの展開は、決して「超展開」ではなかったからです。
敵の攻撃に対処する一環で、冷静な論理に裏打ちされた行動をして、予想外の展開になったというだけのことでした。
 
こう書くとなんだかとても素晴らしい展開のように聞こえてしまいますが、誤解を招かぬよう明言しておくと、私は下策だと思います。
TPOを考えれば、因縁のラッスボスといざ決着!というときにこんなインパクト先行の展開では高揚感が薄れてしまいます。
私としては、普通にロスチャイルドとジェンタイル達の最終決戦が見たかった。
見た目の面白さを求めるばかりに、美味しいラーメンに美味しいプリンをぶち込んでゲロ以下のゲテモノを錬成したようなものです。
 
ですが、確かにインパクトは凄まじかった。
多分、今後のTRPG人生において二度とお目にかかれない展開でしたでしょう。
恐ろしいことに、一見ただの面白くないギャグにしか見えない行動が、バトルに落としこむと不思議と納得でしてしまうことです。
なるほど、この攻撃に対処するならたしかにこうするのが最善だな。私は絶対やらないし、思いつきもしないけど。
そう強く思わされてしまうのでした。
 
というわけで、今回の総括。
こんなの許容できるのはジェンスレだけです。
 
言い張ることで道理を曲げようとするものと言えば、和マンチという言葉がありますね。
そのうち和マンチについても語ってみたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
 

拍手[3回]

2012年07月26日 (Thu)
こんばんわ。
最近どうにも時間がとれないので、もしかしたら不定期更新に戻るやもしれません。
レビューは面白さの要点を的確に他人に伝える練習になるので、スキルアップのためにも続けていきたいところです。
何が面白いかを論理的に分析できれば、きっと自身の創作にも活かせるはずですから。
 
というわけで今回はダークファンタジーレビューその2ということで、第二期について語ってみようと思います。
実は並行してレギオンも読み始めているんですが、レギオンキャラが登場するとちょっとテンション上がりますね。
このキャラ二年後にはこんな大物ぶってるけどダーク時点では小物じゃん!とか。
 
ダークファンタジー二期。
一期で都市一つまるごと巻き込んだ陰謀に打ち勝った主役達は、事件の報告と来るべき決戦へ臨むため帝都へ向かいます。
そこで様々な騒動と遭遇しながら、彼らは少しずつ敵の正体やそれにまつわる陰謀の真相に迫っていきます。
上位種族『魔族』との戦い、汚名を着せられ処世寸前の従士、帝都の地下を徘徊する人外の者達。
皇帝直属の諜報機関の暗躍、都市一つを一晩で消し去る最悪規模の破壊魔法、極秘裏に進められていた計画の被験者たち。
そして、終わらない七年前の因縁。
 
全てが糾える縄のように絡まり合って、一つの結末へと収束していく様は見ていて気持ちが良いです。
というか、伏線をかなり好き勝手ばら撒いてるのに、最後にはそれらをきちんと回収できてるというのが驚き。
明らかに深く考えずに出したろこの設定っていうのでも、別の誰かが自分なりにアレンジして活用してしまう。
同僚同士のフォローがものすごく綿密なスレだという印象を受けました。
 
ダーク二期を読んでまず特筆したいのが舞台『帝都』の設定。
序盤に公開された都市交通システムであるSPINや円環の形をした行政区画などの設定が、
終盤にはそれ自体が伏線として回収されていて、「これってこういう意味だったのか」と感心させられること数度。
ラスボスを倒した武器の原理と言い、いい意味で偏執的なほど細部に拘って創られています。
RPGの街にありがちなファンタジーな設定を、捻くれた視点でこねくり回すとこれが出来上がるんだなと。
『帝都』が単なる舞台装置としてだけではなく、物語上で何度も重要な役割を担っている。
言葉は悪いですが、肉厚な設定を骨までしゃぶり尽くした結果がダークファンタジーという世界なんだと思います。
 
設定厨、という言葉があります。
「ぼくのかんがえた最強の〇〇」を異常なほど細部にまで作りこむ人間のことをそう呼びます。
多くの場合、浮かんでくる発想を吟味せず後のせしまくった結果「引き算のできないオシャレ」みたいな結果になります。
しかしそれが「ぼくのかんがえた最強の舞台」であった場合は、その生成物がシェアード・ワールドとして価値を持つことがあります。
ダークファンタジーは、ぼくの考えた最強の世界を、みんなで仲良く分けあってしゃぶったスレだと私は思います。
 
さて、ダークファンタジースレはあの肥溜めですらかなり肯定的に評価されていますが、
その理由の一つに『同僚間の連携の巧みさ』があります。
ラストバトルなんかは、時間を停める能力すらある正真正銘の魔族の王に追い詰められるも、
それぞれが自分にできる最大限のことを活かして仲間をサポートし、最後には打ち勝っています。
 
聞くところによるとアレ、避難所ですら一切打ち合わせなしで連携をやってのけたらしいですね。
二年近くの付き合いとは言え、お互いの能力や性格、土壇場でどう動くかの判断を完璧に知り尽くしていなければできない芸当です。
あまりシナリオレビューでコテマンセーをしたくはないのですが、主役PTの意思疎通具合がとても羨ましかったです。
 
ダークファンタジーは、一期で『容赦のない現実に向き合う人々』というテーマを描いていました。
二期では、人類側の反撃、つまり劇中の言葉で言うところの『人間は絶望なんかに負けない』という『人間賛歌』を貫いています。
 
人類の天敵にして作中最強の敵である魔族の王ルキフェル。
それに立ち向かう者達は、その誰もが決して選ばれた英雄や特別な存在なんかではないただの『人間』でした。
もちろん、各々には様々な背景があり、種族的な意味では人間の枠をはみ出している者もいます。
ただし、彼らがルキフェルを討滅し得た理由は、全て『彼らが人間だから』の範疇の中に収まっています。
そして、同時に彼らは誰一人としてルキフェルと戦う理由に『人類のため』という言葉を使いませんでした。
ここが私的にすごくグっときた部分です。
 
彼らは、それぞれ各々のバックボーンと信念に則ってルキフェルと対峙します。
それは七年前の因縁だったり、死罪にされた身内の汚名を濯ぐためだったり、自分の在り方に決着をつけるためだったり。
基本的に自分本位で、誰かのためというよりかは、自分自身がスッキリするためにルキフェルと戦います。
それが結果的に人類を救うことになったとしても、あくまで結果論で、俺達は英雄なんかじゃないんだ、と。
 
英雄は哀しい生き物です。
その在り方を、『強大な敵を倒す』とか『無辜の民を災いから護る』とかの第一義だけに限定された、
言ってみれば人類が自分たちにできないことを代行させるためのツール、生きた道具です。
魔王を倒すことを使命とした英雄は、実際に魔王を倒したあと、どこへ行くのでしょうか?
救世主として崇められ、奉られ、二度と元の生活には戻れません。
いやむしろ、英雄に元の生活なんてそもそも存在しないのかも知れません。
生まれた時から戦うことを望まれ、使命を帯びて生を受けた、戦闘機械。
そこに人間らしさなどあるのでしょうか。
 
だから、ダークには英雄がいなかったんだと思います。
ルキフェルと戦った者達は、ルキフェルを倒すことを目的にしていたのではなく、倒した先にあるものを求めて戦っていました。
失われた幸せの奪還、奪われた名誉の回復、自分の意志で行き先を決める人生・・・
そういったもののために命をかけて戦って、彼らはそれを手にしました。
つまり、彼らの人生は、ルキフェルを倒してからが本番。
望まず放り込まれた『かつて』から、望んだ『これから』へ踏み出すターニングポイント。
 
ゆえにダークファンタジーとは、『これから』へ至る物語、長い長いプロローグなのです。
 
というわけで、ダークスレを読了しての感想はズバリ、『この先が楽しみ』です。
ようやく前に進み始めた登場人物たちが、この先一体どんな物語を紡いでいくのか、知りたくてたまらない。
レギオンスレが爆発的な人気を博した理由のうちの、一端を担っているのではないでしょうか。
 
レギオンはまだ一章を読み終えた段階ですが、これからも楽しみにROMっていきたいスレの一つになりました。
以上、ダークファンタジーレビューでした。
ご清聴ありがとうございました。
 

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フリップホール高橋
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